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青森地方裁判所五所川原支部 昭和32年(ワ)34号 判決

判   決

青森市大字浦町字橋本一八一番地

原告

山口真一

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

川本権祐

門馬公一

山田遷

右当事者間の金剛石返還請求権請求事件について当裁判所はつぎのとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は、原告に対して別紙目録記載のダイヤモンド一個を引き渡すこと。訴訟費用は、被告の負担とすること。」との判決を求め、

一  請求原因として

(一)  訴外安田道蔵は、昭和一九年一一月一一日今次大戦に際して政府が同年七月二一日実施した航空機、電波兵器等の生産に必要な資財たるダイヤモンドの動員計画にもとづく指令によりその所有する別紙目録記載のダイヤモンド一六個(以下本件ダイヤという。)を供出しようと考えその価格を鑑定する目的で、国家総動員法第一八条第二項にもとづいて設立された政府の機関である中央物資活用協会(以下中物という。)に対して寄託したが、後に説明するようにその価格が不当に安かつたので供出を断念し、昭和二一年一〇月下旬中物に対し本件ダイヤの返還を求めたが、中物は、ついにその履行をしなかつた。

(二)  原告は、昭和三二年五月一四日安田道蔵から本件ダイヤの贈与を受けるとともに寄託物返還請求権の譲渡を受け、同日同人から国(法務大臣中村梅吉)に対して爾後原告のためにこれを所持すべきことを命ずるとともに該債権を原告に譲渡した旨の通知を発し、該通知はその頃右大臣に到達した。

(三)  よつて原告は、本件ダイヤの所有権にもとづくとともに寄託物返還請求権にもとづき本件ダイヤ中別紙目録記載のダイヤモンド一個の引渡を選択的に求めるため本訴におよんだ。

(四)  仮に、中物は、政府の機関でないとしても、その代理人として前記寄託契約を結んだものであつて、たとえ被告主張のように中物は、政府のためにすることを示さないでダイヤモンドを買い上げていたとしても、商法第五〇四条の法意により右寄託契約の効力は、本人たる国におよぶものというべきである(ダイヤモンドを買い上げるには、その価格の鑑定が必要なので、その鑑定のための寄託契約は、ダイヤモンド買上契約の代理権の範囲に属するものと考える。)

(五)  仮に、右寄託契約について中物に代理権がなかつたとしても、政府は、第三者たる国民に対してダイヤモンド買上について一般に代理権を与えた旨を表示したと目される行為をしたのであるから(その表示の中には寄託契約についても代理権を与えたとの趣旨をふくむものと解すべきは前同様)国はその責任を免れない。すなわち政府は、軍需次官通牒を以て中物を、政府と一体となつて物資交流の物動計画を直接実行するために設立された交易営団の代行機関に指定し、「供出」の名を用いて国民所有のダイヤモンドを買い上げることを委託し、現実には、地方長官をしてその業務を担当処理せしめた。そもそも「供出」の名を用いて国民の財物を買い上げることは、国家権力によつて国民に売渡を強制するに等しいものであつて、国民が中物を目して政府の代行機関と考えることはけだし当然のことというべきである。

と述べ、

二、被告の抗弁に対して

(一)  安田道蔵は、前記のように本件ダイヤの価格を鑑定するため中物にこれを交付したが、その代価に不満があつたため売り渡さなかつたものである。すなわち一般にダイヤモンドの供出にあたつては、被告主張のように、その真贋および評価に高度の技術を必要とするため中物にその鑑定を任せていたが、その鑑定は、あくまでも当事者が売買の成否を決定する判断の資料を得る目的でなされるものであつて、所有者はつねにその鑑定価格で売り渡すことを約束したものではない。したがつて所有者において該価格にして適正でないと考えればその売渡を拒み得るものである。けだし買受人の一方的意思のみでその代価が決定されるとするならば、それは没収に等しく売買とはいい得ないからである。そこで中物が行つた本件ダイヤの価格は、合計二五カラツトでわずかに合計四一五円であつた。昭和一九年七月二一日軍需省が制定したダイヤモンド買上実施要綱によれば、その買上価格は、平均一カラツトにつき一、五〇〇円と規定されていたが、中物が嘱託した鑑定人の評価は、一般に不当に安かつたため世人の不信をかい、当時中物は伏魔殿とさえいわれていたのである。もともと本件ダイヤは、白色の普通ダイヤ型といわれる無庇の良質品であつて、当時の価格にしても四万円は下らなかつたものである。しかるにその鑑定価格は、前記要綱の基準価格に比べて実に七〇分一弱という不当な価格であつたから、安田道蔵は、供出を断念し、中物から昭和二〇年一〇月二六日突然送付されてきた右代金支払のための小切手をただちに返還し、本件ダイヤの引渡を求めたのである。

(二)  仮に、安田道蔵において本件ダイヤを中物に交付したと同時に売買契約が成立したとしても、同人は、右小切手を返還した際中物に対して適正な代金の支払を得られないことを理由に右売買契約を解除する旨の意思を表明した。したがつてその所有権は当然安田道蔵に復帰した。

よつて、被告の抗弁は理由がない旨答え、

三、立証<省略>

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、

一、答弁として

原告主張の事実中国が原告主張の頃その主張の債権譲渡の通知を受けたことは認めるが、本件ダイヤの寄託を受けた事実はない。また原告が本件ダイヤの贈与を受けたことは知らない。

もともと中物は、昭和一八年一〇月二一日戦力の増強と戦時国民生活の確保を図るため、資源の回収利用およびこれに関する指導斡旋をすることを目的として民法にしたがいいわゆる社団法人として設立されたものであつて、政府の機関ではない。したがつて仮に安田道蔵が本件ダイヤを中物に寄託したとしても国の関知するところではない。また政府は、原告主張の寄託契約について代理権を与えた事実はない。もつとも昭和一九年七月二一日軍需次官通牒を以て販売業者または一般国民からのダイヤモンド買上方を委託したことはあるが、右委託は、代理権をともなわない委任であつて、その外に政府は、中物にその代理権を与えた旨の表示をしたことはない旨答え

二、抗弁として

仮に中物は政府の機関またはその代理人であつて、原告はその主張の日本件ダイヤの贈与を受ける約束をし、かつ寄託物返還請求権の譲渡を受ける約束をしたとしても

(一)  原告は、その所有権を取得するに由ない、なんとなれば中物は、昭和一九年一一月一一日すでに安田道蔵から代金四一五円でこれを買い上げ、その引渡を受けていたからである。すなわちその頃にいたつて今次大戦の様相はようやく深刻となり、ダイヤモンド工具は、航空機および電波兵器の生産上不可欠の資財として焦眉の必要性を生じ、政府は、同年七月二一日中物をして死蔵せるダイヤモンドを回収せしめる目的でその買上方を委託したのである。そこで中物は、内地一円(七都府県を除く)においてひろく国民の所有するダイヤモンドを買上げることとなつたが、その買上げの方法は、中物が臨時に設置する指定買上場所で即時鑑定の上即金支払をすることを建前とした。しかしダイヤモンドは、周知の如くその色、質、大きさの三要素を各異にする毎にその価格も千差万別であり、これを正当に評価するには高度の技術経験を要するところ、かゝる適格を具備した鑑定人は全国にりようようたる人数であつたため、実際には協会係員が各指定買上場所(各市町村役場または地方銀行支店等協会の取次所)に赴き、同所において預証と引換えに現物を買い上げ、その代金は後に中物において鑑定の上これが支払をすることとした。

しかしていわゆる右ダイヤモンドの供出とは、右の如く法律上売買契約でないことはいうまでもない。けだし当時わが国は朝野をあげて戦争の完遂にまい進し、国民死蔵のあらゆる資源はこれを供出して戦力の増強をはからんとしていた時代であつた。したがつてダイヤを供出する者は勿論、これが提供をうける中物側においても供出と同時に供出者の手を離れ、軍需物資動員計画にもとずき、もつとも有効かつ適切に処理されるものと考えられていた。したがつて右ダイヤモンドの供出は、供出者がこれを中物に交付すると同時に供出者から当該ダイヤの所有権を相手方に移転したものであつて、供出者がその所有権を留保したまゝこれが保管を相手方に寄託したものではない。

これを本件についてみるに、青森県下においてダイヤモンドの供出が行われたのは、昭和一九年一〇月から一一月にかけてであるが、蔵館村(安田道蔵の居村)一帯については中物の係官が同年一一月一一日頃同県南津軽郡大鰐町役場に出向き、同所において同町および近隣町村の有資産者から、ダイヤモンドの供出を求めた。安田道蔵はそのさい、ダイヤ付金、白金指輪一六個(嵌込形式は爪・甲丸)を供出した。その供出の趣旨は既述したところと同様であつて、中物が安田道蔵から右ダイヤ一六個を買い上げ、その代金は、中物において後日鑑定の上決定して支払う約束でなされたものである。

しかして、中物では、前記青森県商工課から青森県内ダイヤモンド代金未払者の住所、氏名三一名(この中に安田は含まれている)の通知をうくるや、株式会社帝国銀行(現在第一銀行)新宿支店の振出にかかる記名式送金小切手をもつて各未払者あて支払つた。そのうち安田道蔵の分は、四一五円で支払銀行は株式会社青森銀行弘前支店となつており、これら送金小切手は、いずれも、中物が、昭和二一年一〇月二一日配達証明付郵便で青森県経済部長あて一括送付し、同経済部において受理後各人あておそくとも同月二六日までに送達したものである。(なお、安田通蔵を除く他の者は、右送金小切手により、各支払銀行からそれぞれ供出ダイヤの代金を受領している)したがつて、中物または国は、もはや安田道蔵に対し、何らの義務も負つていない。

(二)  仮に右は理由がないとしても前記寄託物返還債務は、昭和一九年一一月一一日から一〇年間その行使をしなかつたから昭和二九年一一月一一日の経過によつて消滅時効完成した。よつて原告の本訴請求はいずれにしても失当である旨述べ、

三、立証<省略>

理由

<証拠―省略>をあわせれば、同人(安田道蔵)は、昭和一九年一一月一一日本件ダイヤを青森県大鰐町役場において中物の取次員手塚勝治に対して交付した(寄託か売買かはしばらくおく。)事実が認められる。

一、そこで先ず、原告の所有権にもとづく請求について調べるに、右<省略>の証言をあわせると、本件ダイヤは、その価格を鑑定するためその頃東京都新宿区に所在した中物本部鑑定室に送られたことが認められる。しかるに証人<省略>の証言によると(イ)中物は、政府の委託により販売業者および一般国民からダイヤモンドを買い上げはするが、それはすべて交易営団に納入することになつており、同営団においてこれらを一括保有しさらに該営団から軍需省の割当計画にもとづいて政府指定の民間軍需工場に売り渡され、そこでダイヤモンド工具の製造に使用される仕組になつていたものであつて、終戦後右営団に納入されずに残つていたダイヤモンドは、昭和二〇年一〇月頃連合国占領軍によつてことごとく接収され、昭和二七年四月二八日平和条約が発効するにいたつてようやくその接収は解除され右ダイヤモンドは政府に引き渡されたが政府がその返還を受けたダイヤモンドは後記のように接収ダイヤモンドの半数にすぎなかつたこと(ロ)ところで中物が、戦時中買い上げたダイヤモンドの総数は約三万カラツトにおよんだが、その中約二万カラツトは戦時中に交易営団に引き渡され、約一万カラットが連合国占領軍によつて接収されたことおよび(ハ)かくて同占領軍が接収したダイヤモンドの総数は約三〇万カラツトに達したが、右占領軍は、そのうち一二万九、〇〇〇カラツトを日本国が他国から掠奪したものとして関係各国に返還し、なお三万四、〇〇〇カラツトを国内産業向けに使用し、政府に引き渡したのはわずか一六万一、〇〇〇カラツトにすぎなかつたところ、(日本銀行地下金庫に収納された。)中物が買い上げたダイヤモンドはもとより該占領軍が接収したダイヤモンドについててもその個々の処置については、いずれも正確な記録を失い(占領軍は、買上伝票とともに接収し領収書も交付しなかつた。)本件ダイヤの運命を確認することは不可能な状況であつて、現在前記占領軍から引渡を受けたダイヤモンド中にそれが存在するや否やまつたく不明であることが認められる。(仮に、本件ダイヤが接収されたダイヤモンドの中に存在しその所有権が原告に帰属しているとすれば、接収貴金属等の処理に関する法律第二〇条によつても国はその所有権を取得することはないから、原告は、大蔵大臣に対して同法第五条によつてその返還を求め得るものと解するので、国に直接訴求することは許されないと考える。)しかして国がなお連合国占領軍から引き渡された接収ダイヤモンドの外に本件ダイヤを占有していることを認めるに足る証拠はない。さすれば原告の所有権にもとづく請求は、すでにこの点において失当といわなければならない。

二、つぎに寄託契約にもとづく請求について調べるに先ず<証拠―省略>および弁論の全趣旨をあわせると、なるほど中物は、

(一) 被告主張の事業を営むものである外にダイヤモンドの買上について政府の決定した物動計画を直接実行する高度の国家的事業を営む交易営団の代行機関に指定されていてその性格には多分に国家的色彩があること。

(二) その損益は、結局国に帰属し、(国は、同営団の損失と危険を補償し、中物には営団をしてその損失と危険を補償せしめている。)中物の買い上げたダイヤモンドは、中物がその所有権を取得すると同時に国において処分権を取得するものと解されていたこと。

(三) 政府と中物にはダイヤモンド買上について委託関係があつたこと

が認められるので、中物は、(一)の点を重視すれば国の機関たる地位を有すものと解す余地があり、(二)(三)の点を重視すれば少くともその代理機関たる地位を有すものと解す余地がないでもないが、右<証拠―省略>をあわせると、中物は、被告主張の目的を以て設立された社団法人であつて独立の人格を有し、ダイヤモンドの買上も自己の名とその責任において(政府または交易営団の代理人たることを表示しなかつたに止らず。)これを行つたものであることが認められるので、前記(一)ないし(三)の事情は、政府と中物の内部関係(信託的関係)たるに止り政府は、直接第三者に対して中物のダイヤモンド買上行為についてその責任を負う筋合ではなかつたものと解せざるを得ないし、(前記資料によるとダイヤモンド買上の総括的機関となつた交易営団と国との関係も同様と認められる。)政府が第三者(国民)に対して中物にそのダイヤモンド買上行為について代理権を与えた旨の表示をしたことについてはこれを認めるに足る証拠がない。(政府がたとえ供出の名を用いて地方長官にダイヤモンド買上事務の一部を行わしめたとしてもこれを以てただちに第三者に対して中物に代理権を与えた旨を表示したとみることはできない。)さすれば原告はたとえ寄託物返還請求権を譲り受けたとしても中物に対して(仮に中物は単に前記営団の代理機関にすぎないとすれば該営団に対して)その履行を求むるは格別国に対してはその責任を問い得ないものと解するほかはない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当として棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

昭和三八年六月一三日 弁論終結

青森地方裁判所五所川原支部

裁判官 水 野 正 男

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